時代は幕末、事件・人物別の年表です2010.2.25

ファビユス中佐(オランダ)が伝習を終え長崎を出航 KA 7. 9. 7(1854 10 28sat)
ファビユス中佐が長崎を離れる AN 2. 11.15(1855 12 23sun)
ファビユス中佐が軍艦メデュサで長崎到着 AN 3. 7. 8(1856 8 8fri)
ファラデーがレンツの法則を発見 TE 2. 9.12(1831 10 17mon)
フィーパン号事件を起こす米国商人ドレイクが下関出帆 GE 2. 2. 9(1865 3 6mon)
フォーチュン(英国園芸学者)が長崎到着 MA 1. 8.28(1860 10 12fri)
福井藩藩校明道館が、城内三の丸に創立 AN 2. 3.15(1855 5 1tue)
福井藩校明道館の開館式 AN 2. 6.24(1855 8 6mon)
福井藩で挙藩上洛が決まる BU 3. 5.26(1863 7 11sat)
福井藩は挙藩上京計画を中止 BU 3. 7.23(1863 9 5sat)
  
福岡藤次が高知に生まれる TE 6. 2. 6(1835 3 4wed)
福岡藤次(孝弟)らが高知出発長崎へ向かう KE 3. 3.10(1867 4 14mon)
福岡藤次が新政府の参与となる[32] KE 3. 12.12(1868 1 6mon)
  
福沢諭吉が大坂で生まれる TE 5. 12.12(1835 1 10sat)
福沢諭吉が米国でウエブスター辞書を購入 AN 7. 3.13(1860 4 3tue)
福沢諭吉が遣欧使節としてフランスに滞在植物園を訪れる[27] BU 2. 3.28(1862 4 26sat)
福沢諭吉が第4回万国博覧会を訪れる BU 2. 4.16(1862 5 14wed)
福沢諭吉(遣欧使節)は、フォン・シーボルトの妻子らと面会 BU 2. 6.21(1862 7 17thu)
福沢諭吉が遣米使節の通訳として横浜出航[32] KE 3. 1.23(1867 2 27wed)
福沢諭吉が米国滞在中の不都合で謹慎 KE 3. 7.14(1867 8 13tue)
  
福島藩(藩主板倉勝尚)が正式に降伏 KE 4. 9. 2(1868 10 17sat)
福島藩が降伏する(戊辰戦争) ME 1. 9.15(1868 10 30fri)
福知山騒動 MA 1. 8.20(1860 10 4thu)
福原越後の隊、兵三百が、午後2時頃、大坂に到着する GE 1. 6.22(1864 7 25mon)
福原越後は伏見藩邸に入る GE 1. 6.24(1864 7 27wed)
福原越後(長州藩家老)が岩国竜護寺で切腹 GE 1. 11.13(1864 12 11sun)
武家諸法度が頒布される TE 9. 2.21(1838 3 16fri)
武家諸法度が改訂される KA 7. 9.29(1854 11 19sun)
武家諸法度を頒布する AN 6. 9.25(1859 10 20thu)
富士山丸は新選組残党ら生き残り40名を乗せて大坂を出港 KE 4. 1.12(1868 2 5thu)
  
藤田東湖[1806.5.4誕生]らの蟄居が赦免される[40] KO 3. 12.28(1847 2 13sat)
藤田東湖が徳川斉昭に10年ぶりに拝謁 KA 6. 7.19(1853 8 23tue)
藤田東湖が江戸小石川の藩邸の長屋で圧死する[49] AN 2. 10. 2(1855 11 11sun)
藤本鉄石が紀州藩兵により鷲家の東方で斬られ死亡する BU 3. 9.25(1863 11 6fri)
武州世直し一揆の1200、1300人が野火止陣屋に侵攻 KE 2. 6.15(1866 7 26thu)
武州世直し一揆が上武国境ぞいで壊滅する KE 2. 6.19(1866 7 30mon)
  
プチャーチン(Putjatin)が遣日使節に決定する KA 5. 4.12(1852 5 30sun)
プチャーチンがクロンシュタット軍港を出帆 KA 5. 9. 7(1852 10 19tue)
プチャーチンがシンガポール到着 KA 6. 4.29(1853 6 5sun)
プチャーチンが香港を出港 KA 6. 6. 5(1853 7 10sun)
プチャーチンを乗せた軍艦パルラダ号が香港に到着する KA 6. 6.18(1853 7 23sat)
プチャーチンが小笠原諸島二見港に到着 KA 6. 7. 3(1853 8 7sun)
プチャ−チンのロシア極東艦隊が開港をもとめ長崎に入港 KA 6. 7.18(1853 8 22mon)
プチャ−チンと長崎奉行大沢豊後守が立山役所で会見 KA 6. 8.17(1853 9 19mon)
プチャ−チンと長崎奉行大沢豊後守が立山役所で会見 KA 6. 8.19(1853 9 21wed)
プチャーチンが一時的に長崎を離れ上海に向かう KA 6. 10.23(1853 11 23wed)
  
プチャーチンが上海到着 KA 6. 10.26(1853 11 26sat)
プチャーチンのロシア艦隊が突然長崎に再来 KA 6. 12. 5(1854 1 3tue)
プチャーチンが幕府の返書を受け取る KA 6. 12.18(1854 1 16mon)
プチャーチンが長崎を退去する KA 7. 1. 8(1854 2 5sun)
プチャーチンを乗せた新鋭ロシア艦ディアナ号が箱館に入る KA 7. 8.30(1854 10 21sat)
プチャーチンの軍艦ディアナ号が大坂天保山沖に到着 KA 7. 9.17(1854 11 7tue)
プチャーチンの軍艦ディアナ号が大坂の安治川口沖へ碇泊 KA 7. 9.19(1854 11 9thu)
プチャーチンが大坂より下田に入港 KA 7. 9.20(1854 11 10fri)
プチャーチンが大坂湾を出帆、下田へ向かう KA 7. 10. 3(1854 11 22wed)
プチャーチンの乗る新鋭艦ディアナ号が下田に入港する KA 7. 10.14(1854 12 3sun)
安政東海地震でディアナ号遭難 KA 7. 11. 4(1854 12 23sat)
プチャーチンが戸田から下田に出てくる AN 1. 12.13(1855 1 30tue)
プチャーチン以下47名のロシア士官らは戸田号で帰国する AN 2. 3.22(1855 5 8tue)
  
プチャーチン以下47名のロシア士官らは戸田号で帰国する AN 2. 3.23(1855 5 9wed)
プチャーチンが軍艦アメリカ号で、再度長崎に来航する AN 4. 8. 4(1857 9 21mon)
プチャーチンが日露通商条約締結を要求 AN 4. 8. 8(1857 9 25fri)
プチャーチンが長崎来航 AN 4. 8.24(1857 10 11sun)
プチャーチンと水野筑後守忠徳らとの間で日露追加条約調印 AN 4. 9. 7(1857 10 24sat)
プチャーチンが日露追加条約を締結し長崎を去る AN 4. 9.10(1857 10 27tue)
プチャーチンがアスコルド号で下田入港 AN 5. 6.16(1858 7 26mon)
プチャーチンが江戸芝真福寺に到着 AN 5. 7. 4(1858 8 12thu)
  
フランス船が琉球に入港し、通商を求める TE15. 3.11(1844 4 28sun)
フランス軍艦が琉球に渡来する KO 3. 4. 7(1846 5 2sat)
フランス軍艦3隻が長崎高鉾島沖へ渡来 KO 3. 6. 7(1846 7 29wed)
フランス第二共和政が発足 KO 5. 1.20(1848 2 24thu)
フランス船が琉球に来て上陸する KA 1. 7.29(1848 8 27sun)
フランス船が津軽沿岸に渡来する KA 3. 11.21(1850 12 24tue)
フランスの鯨漁船が漂流した者を連れて下田港に入る AN 1. 12.11(1855 1 28sun)
フランス船が紀州の漂流民をのせ下田に入港する AN 1. 12.12(1855 1 29mon)
フランス軍艦が長崎に入港する AN 2. 3.18(1855 5 4fri)
フランス司令長官ゲランは琉球那覇で琉仏和親条約の調印 AN 2. 10.15(1855 11 24sat)
  
フランスの使節秘書モージェが傭船レミ号で下田に来航する AN 5. 8. 8(1858 9 14tue)
フランスの使節船三艘が品川沖に到着 AN 5. 8.12(1858 9 18sat)
フランスの使節船三艘が品川沖に到着 AN 5. 8.13(1858 9 19sun)
フランス使節グローが日仏修好通商条約を終え品川を出港 AN 5. 9. 6(1858 10 12tue)
フランスの外交代表兼総領事ベルクールが品川に赴任する AN 6. 8.10(1859 9 6tue)
フランス副領事の中国人召使が武士二人に殺される AN 6. 10. 2(1859 10 27thu)
フランス副領事の中国人召使が武士二人に殺される AN 6. 10.11(1859 11 5sat)
フランス通報艦キンシャン号が砲撃を受け玄海灘に脱出 BU 3. 5.23(1863 7 8wed)
フランス艦が長州砲台を砲撃 BU 3. 6. 5(1863 7 20mon)
フランスの陸軍中尉が横浜郊外井戸が谷で斬殺される BU 3. 9. 2(1863 10 14wed)
フランス語学所が横浜の弁天社のとなりに開校する GE 2. 3. 6(1865 4 1sat)
フランス派遣使節(柴田日向守)が江戸出発 KE 1.U 5. 3(1865 6 25sun)
  
フランス軍事顧問団がフランス郵船ベリューズ号で横浜に到着 KE 3. 1.13(1867 2 17sun)
フランス公使ウトレイが着任 KE 4.U 4.17(1868 6 7sun)
  
古屋佐久左衛門が小栗上野介を訪問 KE 4. 2.14(1868 3 7sat)
古屋佐久左衛門が総督の衝鋒隊が五十里駅に至る KE 4. 3.14(1868 4 6mon)
古屋佐久左衛門が実弟高松凌雲?の手当も空しく箱館病院で没 ME 2. 5.16(1869 6 25fri)
プロイセン(ドイツ)の商船グレタ号が初めて下田に入港する AN 2. 5.21(1855 7 4wed)
プロシャの蒸気船が修好通商条約を結ぶため品川に到着 MA 1. 7.19(1860 9 4tue)
プロシャの蒸気船が修好通商条約を結ぶため品川に到着 MA 1. 7.20(1860 9 5wed)
プロシャと仮条約を締結する MA 1. 11.18(1860 12 29sat)
プロシャ使節のオイレンブルグ伯爵と日普修好通商条約調印 MA 1. 12.13(1861 1 23wed)
プロシャと幕府が本条約書を交換する BU 3. 12.13(1864 1 21thu)

項目は「幕末資料庫(閲覧登録必要)」より随時取り出し、この年表に追加しています。
出典は幕末資料庫に記載されている場合があります。


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