Topic8 お目付 殿のご威勢

お目付という職務はなかなか骨のあるもので注目されたようです。
柴田宵曲編の「幕末の武家」によると、お目付殿の待遇や振る舞いが分かります。その例を拾ってみます。
 

「昔は御目付といえば、誰知らない者のない幅のきいた職務で、行政上と来たら何事へでも口出しが出来る。
そこへ持ってきて式部に関係したこと、また警察及び裁判等にたずさわる権があるからして、自然勢力というものが出て来る。
だから壮年の士が望みを嘱するも無理のないことで、ずいぶん羨まれたものであった代わり、馬鹿では勤まらない。
故に目付にでもしようという人物は、多くの旗本から抜擢されて任じたもので、・・・」

旗本からの「抜擢」が多かったとありますので、目立った才覚がないとお目付の口がかからないようです。
「壮年の士が望みを嘱するも無理のないこと」と言われる職種ですが、職務の内容は監察です。
課題を責任持って実施するのではなく、実施状況をチェックするのを職務としております。
今流に言えば、マネジメントサイクルP(
plan、計画)D(do、実行)C(check、評価)A(action、見直し)の「C」を担当していることになります。

お目付は「do」の段階から参加し評価しておりますので、結果のみから評価するより実行   フィードバックも早くでき、適切な評価ができそうな気がします。お目付制度も捨てたものではないと思います。実際にどのように機能したのか調べてみたいものです。

 それから、「幕末の武家」に面白い話があります。

当番のお目付は江戸城の御門を入りますと、道を斜めには歩かないのです。
「それから今一つ変わっているのは、その歩き方なので、馬車馬が行くように真っ直ぐ歩いて、四角に曲がったものだ。
御門々々の曲がり角を斜形(はす)には折れない。ズッと行ってクルリと体を向け替える。
これも当番の目付が内郭へかかってからこうするので、・・。」

なぜこのような歩き方をするのか、「幕末の武家」には「目付が四角四面に歩くのも職務上」とあります。
道の真ん中を歩くという定めがあれば、こうならざるを得ませんが、不思議なものです。

この四角に歩くことは木村芥舟の回想にも出てきます。「旧幕府第一巻、マツノ書店」

これによりますと、お目付(*1)岡部駿河守長常が登城の際、突然雨が降り出しまして、傘の準備もありません。さて、どうします。
岡部駿河守主従は雨に濡れながら悠々と四角に歩いていたのです。このさまを見ている人がおりました。岩瀬忠震です。岡部殿はどのような心中であろうかと、笑いをこらえざるを得なかったと、後に大笑いしたそうです。

*1:岡部駿河守は目付及び大目付を歴任しておりますので、この話しが目付の時なのか大目付の時なのかは調査が必要です。


 
八木節に、「ちょいと出ました三角野郎が、四角四面のやぐらの上でェ・・」。
「四角四面」とは広辞苑によれば「至極真面目なこと。極めてかたくるしいこと」とあります。
大辞林によれば、@真四角なこと(あたりまえ)
A態度など折り目正しいこと、また、真面目過ぎて堅苦しいこと。

ようするに真面目なのが、御目付でしょうか。