topic18Topic18 蒸気船購入の薩摩に幕府がいやがらせ?

文久2年8月頃のお話しです。 薩摩藩は黒船購入に積極的でしたが、
幕府側のいやがらせとも思える取り扱いがあったようです。

この話しは、薩摩が英国から購入したスクリュー蒸気帆船ファイアリ・クロス号(永平丸)の船長ホワイトが、時の英国外務大臣ラッセル卿への報告、そして英国紙タイムズへ寄稿した内容から紹介しています。


蒸気帆船ファイアリ・クロス号(永平丸)は英国の新聞・雑誌を賑わすほど優秀な蒸気船のようです。この時期、艦船の推進機構は蒸気機関で船の側面にある水車を廻すような外輪船から、最先端技術であるスクリュー推進に切り替わった時期です。船の横にある大きな水車が消えたために船体設計上、今までにない自由度が得られ、新聞・雑誌が取り上げる新規な船体構造変革があったのでしょう。

この蒸気船を薩摩が結構高額な13万ドル(約3万3千両)で購入するのです。ファイアリ・クロス号は横浜港に繋留され、薩摩の小松帯刀らが試乗したのをはじめ、大砲・蒸気機関の責任者中原猶介が横浜に出向いて確認しています。この中原猶介の横浜出張に関して、ホワイト船長の報告では、中原猶介は人夫に変装しており、幕府側の密偵の目を避けるためだと言っております。幕府側は各藩の黒船購入状況を調査していたのでしょう。


購入条件の交渉です。売主ジャーディン・マセソン商会との売買・支払交渉に、島津久光が直接関与したようです。高額な買い物であり、しかも英国でも話題になる最新鋭(?)蒸気船ですから、薩摩藩としても重要で期待する調達案件ですので、実質的な薩摩藩責任者の登場になったのでしょう。

さて、支払条件です。当初薩摩藩はメキシコ・ドルで支払う予定でおりましたが、薩摩藩の外貨準備が少ないことが判明したのか、それとも別な理由があるのか、一分銀での支払いに変更しております。いざ決済となるとこういうことが起こりがちです。

薩摩藩が提示した支払条件は、メキシコ・ドル100個に対して一分銀245個のレートです。当時幕府は212個のレートでしたから、売り手としては約15%のプレミアム付ですので承諾です。ところがです、この取引に幕府が介入してきまして、薩摩藩にメキシコ・ドルを幕府から買わせたのです。この背景については報告がありません、幕府は一分銀を藩から外国勢に渡すのを避けたのかもしれませんが、この時のレートが問題です。幕府はメキシコ・ドル100個に対して、一分銀310個を要求しています。薩摩のプレミアムレートの26%アップで、かつ本来のレート(212個)から46%のアップです。
幕府の介入、決済通貨の変更などで、結局薩摩藩は13万ドル(当初価格とすれば)の蒸気船を19万ドル(13万ドル*1.46)で購入したことになると思います。これでは薩摩が踏んだり蹴ったり、怒ります。

蒸気船購入をあきらめることはできず、憤懣やるかたない状態で、ファイアリ・クロス号の引渡が横浜で行われました(文久2年8月14日)。生麦事件の一週間前です。この事件は、この売買に影響を与えなかったようです。

ホワイト船長は上記のような薩摩藩の立場、および将軍だけが外国貿易で利益を得ている状況を斟酌して、生麦事件の原因はこれだと言っております。


さらに薩摩にとって面白くないことが、
島津久光は購入したファイアリ・クロス号で鹿児島へ帰る予定でしたが、幕府老中より他の大名と同様陸路にするよう命ぜられ、蒸気船で行けば二日半ほどで行けるところを、半月かかって帰ることになったのです。薩摩が怒ります。ただ、将軍家茂が海路上京から陸路に変更したのが翌年文久3年ですから、蒸気船の各藩活用は、幕府から見れば時期尚早であったのかもしれません。


参考資料:「幕末」に殺された男(生麦事件のリチャードソン)宮澤眞一、新潮選書
2009.10.30


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