No.43
西洋から注目された幕末の民衆美術品
ジャポニスム、Japonisme
なぜ、幕末期の民衆美術品が注目されたのでしょうか。
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幕末期、どういう訳か日本の美術工芸品(ご当地日本では美術品とは言われなかったかもしれませんが)が西洋の人達に気に入られたようです。 外交使節として日本を訪れたグロ男爵、ド・シャシロン男爵、エルギン卿らは競って安値で買い上げることを競っておりました。 鳴滝塾のシーボルトを最初に、来日する人々は色々持ち帰ったり、本国へ送ったりしております。「1873年(明治6年)の元旦を祝う砂糖菓子の飾りの意匠は皆、日本からの借物であった」との記録がありますので当時の流行だったのでしょう。 1858年(安政5年)には、日本の物産を外国人へ売却する公的組織が出来ていました。 |
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ド・モージュ侯爵の証言として、「日本の官憲は巨大な倉庫の中に国中の物産で外人の好奇心をそそりそうなものを全部陳べた。そこにはあらゆる形をとった日本漆器があった。即ちすべての大きさと色合いの矢立、箱、棚、卓が長い列をなして陳べられていた…」という記録があります。 この発端は「肩に乗った川渡り」の絵で、この絵の風俗が西洋人にとって驚くべきことだったのです。大井川の渡しの絵が与えたショックが何であったのか、わかりませんが、多分、浮世絵の絵画的構造、技法であったと予想します。 |
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西洋の従来からの絵と「印象派」の出現そして浮世絵を並べて見るとき思い付くことがあります。 日本の幕末の頃、「印象・日の出」という印象派の先駈けが西洋画壇で話題になりました。印象派が世に問いかけたことは何かを考えますと、多分、自然を正確に写すための絵画から、人が表現したいものを抽象的でもいいから絵に表すという、絵画表現の新しい分野の提案ではないかと思います。 デフォルメすることにより、この新しい分野をより鮮明に浮かび上がらせることになるでしょう。すなわち、西洋ではいかにデフォルメするかという新しい挑戦が始まっていたのです。そして、この時、浮世絵が眼にとまったのです。 従来の西洋にはないまったく違う日本の絵画表現手法がデフォルメの一手段として注目されたのではないかと予想しています。 |
では、注目されたものは何でしょうか。多分、光が射し込む方向が見えない、そして二次元的な「浮世絵」の手法と「北斎漫画」に見られるデッサンの素早さにもかかわらず、対象の動きと本質を捉えた筆による表現手法ではないでしょうか。 西洋が注目したのは案外、一本の筆かもしれません。 ナイフとフォークが必要な文化と箸ですむ文化の違いが出ているような気がします。 ジャポニスム(Japonisme): |
参考:ジャポニスム展(1988.09.23-12.11 国立西洋美術館)