No.26 蕃社の獄「その方、意趣遺恨にても受け候者これありや」(4)
「蕃社の獄」の規模を左右したと思われる、小人目付小笠原貢蔵、大橋元六の報告書についてのお話です。
目付鳥居甲斐守耀蔵が小笠原貢蔵、大橋元六に調査を命じた内容は、
1)モリソンという人物の調査、2)夢物語の著者、そして3)渡辺崋山の調査が主なもののようです。
調査を命ぜられてから10日間の短い調査期間しかありません。職制上、目付の配下には小人頭がおり、その下に小人目付が配置されて
おりますから、彼らが調査に駆けずりまわったことでしょう。
モリソンという人物の調査などはどのようにしたのでしょうか。英国大使館なるものは当時ありませんし、たいだい英国人にヒアリングすると
いうことができない時代です。知っていそうな人に当たりを付けて、その人に聞く、紹介された本を読むなどが精一杯のところではないでしょうか。
まして報告の締め切りが目前です。
そして小笠原貢蔵らは命じられた項目に対し次のように報告しております。(天保10年4月29日)
1)モリソンはインデア地方の島国十八島を支配する総奉行(実際は船の名前)
2)夢物語については、外国書を高野長英が和訳し、それに渡辺崋山が執筆(実際は高野長英著)
3)渡辺崋山については、その人柄、交友、言動の詳細
今から見ますとどうもいただけませんが、当時はこれが精一杯だと思われます。
モリソンについては、渡辺崋山の慎機論、高野長英の夢物語でも「人物」になっておりますから、仕方のないことだと思います。モリソンは人名
であるというのが当時の最先端の知識なのです。
ところがこれらの他になぜか鳥居耀蔵の指示にはない「無人島密航」が報告されているのです。
常州鹿島郡鳥栖村の一向宗無量寺の順宜、順道父子らが密航を企てたという報告です。この情報を提供したのは、宇多川榕庵の門で蘭学を
学び、御小人頭柳田勝三郎組の御納戸口番の花井虎一と言われております。ここに遺恨が見え隠れします。
老中水野越前守忠邦の日記に、
「御納戸口番 花井虎一
右は羽織格(幕臣中の最下位)の者に候えども、裃格相応場所、明きこれある節、召出され候のこと。右は無人島渡海
企て候儀、内訴いたし候者に候」。....とありますので、無人島渡海の件は花井虎一が話しを出したことは間違いがないでしょう。
突然、降って湧いたような嫌疑です。花井虎一の内訴により無量寺の順宜、順道父子、旗本で隠居の斉藤次郎兵衛、公事宿山口屋彦兵衛
後見金次郎それに元徒士本岐道平が逮捕されております。
花井虎一は「無人島密航」をそそのかしている気配がありますし、渡辺崋山と無理に接触させようとしているようです。
逮捕された斉藤次郎兵衛は吟味の中で、「登(渡辺崋山)ことは、虎一すすめにて、・・登宅を訪れ候処、いっこうそのようなること(無人島に関
する話題)もこれなく、余の話を仕り、このひと高名なる人ゆえ、無駄にも相成らずと存じ、顔を見徳に帰宅・・・」と証言しており、花井虎一の行動
が注目されます。花井はなぜ情報提供したのか、だれを逮捕させようとしたのか、大きな疑問が残ります。
そして、渡辺崋山の逮捕を決定したと思われる報告が小笠原貢蔵よりなされているのです。
この報告は、新たに「無人島密航」という問題が出たため目付鳥居耀蔵が追加調査を命じたものです。その報告には、渡辺崋山が無人島密航
に協力しているとなっております。小笠原貢蔵はどのようにして調査したのでしょうか。花井虎一の情報を全面的に信頼したのでしょうか。
それから、天保10年5月14日に蕃社の獄が開始されることになりますが、この事件に占める花井虎一の行動は良く分かっていないようです。
一般には目付鳥居耀蔵がその強い個性のため、彼が蕃社の獄を仕切ったように述べられておりますが、本当にそうでしょうか非常に疑問のある
ところです。彼はそれほど悪人なのでしょうか。
儒学と洋学との対決という面が蕃社の獄で注目されているようですが、これも次回に考えてみましょう。![]()
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