No.16 幕末は、藩士10人集まれば 1人が薩摩の藩士
歴史を動かす、作るのは人間のようです。そこで、激動の幕末では日本列島に藩士がどのように分布していたのか調べてみました。
日本全図に藩士の数をプロットしてみました(北海道と沖縄を除く)。
また、地方別の藩士数分布を棒グラフにしてあります。
このグラフでも分かるように「薩摩」の藩士数が抜群なのです。
参考資料によりますと、明治初年の全国の藩士数は、409,468人になります。そして「薩摩」の藩士数は 48,387人 ですから、藩士10人集まれば一人が薩摩藩士になる勘定です。
下の棒グラフでも分かるように九州地方は藩士の宝庫でして、藩士3人集まれば一人が九州の藩士なのです。薩摩藩士の数の多さがこのような結果となります。
この図には徳川幕府の支配下にある人々は現れておりません。いずれ機会があれば調査して追加してみます。
幕末・維新の日本(近代日本研究会)によりますと、幕末の薩摩、大隅の全人口は351、000人ですから、全人口に占める藩士の割合は3.8%となります。
この割合が大きいのか、小さいのかは他の藩の場合を計算してみる必要がありますが、ざっとみたところ相当大きい割合です。薩摩のお国柄は平均的な日本とは相当違うことが予想されます。それは何なのでしょうか。
薩摩は何でこのように藩士の数が飛びぬけて多いのでしょうか。
参考資料:藩史総覧(新人物往来社)、幕末・維新の日本(近代日本研究会)
*下のグラフで、九州は薩摩を含みません。
藩士の数が多い順に藩を並べてみました。
1.薩摩 48,387
14.鳥取
6,908
2.加賀 18,730
15.秋田
6,877
3.広島 14,105
16.岡山
6,545
4.駿府 14,015
17.米沢
5,971
5.佐賀 11,190
18.福井
4,880
6.尾張 10,945
19.彦根
4,734
7.和歌山 10,697 20.庄内
4,408
8.長州 10,455
21.高松
4,338
9.熊本 8,519
22.弘前
4,319
10.土佐 7,947
23.松山
4,131
11.徳島 7,420
24.小倉
3,876
12.仙台 7,248
25.水戸
3,830
13.福岡 7,172
26.松江
3,807