No.51
対ドル為替レートの決定
ドル銀貨1枚と天保一分銀1枚の交換レート 2001.09.16
小判の流出前の時期、貨幣交換は「ドル銀貨1枚と一分銀1枚の交換」であったのですが、
これはどのように決められたかを調査しますと、どうも二通りの決められ方があったようです。
為替レートを決めた方法の一つは、海外の金銀比価から決めた方法、もう一つは銀の含有量から決めた方法です。
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【金の含有量から決めた方法】
当時の国際都市長崎で用いられていたと思われる為替レートで、20ドル金貨の金含有量と同じ金の量にするには小判5枚(5両)が必要で、小判1枚(1両)が4ドル(20÷5)に相当し、1両は4分ですから、1ドルが一分となります。(大君の通貨)
ニクソンのドルショック(1971年)の金とドル交換停止以来、兌換貨幣の役割がなくなっているようですが、幕末頃は兌換以前の銀や金の含有量が交換レートになっていました。 金の含有量を調べるにはどのような方法をとるのでしょうか。小判の表面をかじって傷をつけ、判定している時代劇のシーンがありますが、これでは無理でしょう。 日本銀行金融研究所と国立歴史民俗博物館が共同で小判を分析しておりまして、小判は分析の結果などから、金と銀の合金でできており、銅などの不純物は0.1%以下であることがわかりました。金の濃度は江戸時代全体を通じて五六―八七パーセントと大きな変動が見られます。 実際にこれらの組成で金銀合金をつくってみると、金濃度56-57パーセント程度の金属はわずかに黄色味がかった白っぽい色をしており、とても金色とはよべない。 しかし、実際の小判は、品位に大きな差があるにもかかわらず、少なくとも表層の色は「山吹色」に輝いて見える。そこで、表面付近での元素分布の状態を調べるために、オージェ電子分光分析法(イオン・スパッタリング併用)によって最表層から深さ方向の金・銀濃度の変化について分析を行ったところ、小判のごく表面は金の濃度がきわめて高くて純金に近く、内部になるにしたがって徐々に銀の濃度が高くなり、約7ミクロンからほぼ一定となる。 このような表面のみが金の濃度が高いという分析結果は、程度の差はあっても10種の小判すべてにみられ、最初に発行された慶長小判でも約1.2ミクロンの厚さで、このような金の濃縮層が認められた。これは明らかに金メッキではない。 このような表層付近の金濃縮は、小判製造工程の最後で、「色揚げ」(色上げまたは色付け)という、化学的な表面処理を行っているためである。これは、六種類の薬品の混合物を塗って加熱し、洗い流すことによって表面部分から銀のみを溶解して除き、金濃度を高める方法である。「お金の不思議、貨幣の歴史学」 このようなテクニックを使っておりますから溶解しないと金の品位の測定は難しいでしょう。だまされてしまいます。 |
【銀の含有量から決めた方法】
嘉永6年に浦賀にペリー艦隊が来航したとき、幕府当局は約350ドルの金銀銅貨を手に入れており、それを分析測定しました。(江戸幕府・破産への道) |
金貨・銀貨の金銀の含有量から探った為替レートでしたが、
混乱の原因は金と銀の地金の価値が日本の貨幣上の単位「一分」で等しいことになっていたことでしょう。
なんでこうなったのかは幕府の赤字対策のようですが、ここでは追求しません。
さて、このレートとさらに改定された3倍レートの問題は別のページでお話します。
参考資料:江戸幕府・破産への道(三上隆三)、大君の通貨(佐藤雅美)、お金の不思議、貨幣の歴史学(国立歴史民俗博物館編集)