<?xml version="1.0" encoding="Shift_JIS" ?><歴史事象><事象>徳川慶喜征討の大号令を諸道に布告する。</事象><事象>大逆無道、もはや於朝廷御宥恕の道も絶果、不被為得己追討被仰付候。</事象><事象>大坂城攻略の軍議を開く。</事象><事象>「外国事務総裁」が設けられ</事象><事象>幕府軍解散命令が出る。</事象><事象>幕軍の解散と諸藩兵の帰国を命令。</事象><事象>東帰の途に就く。</事象><事象>その幕軍に加わるために関東に走る」と徳川慶勝に伝えている。</事象><事象>救助米が出されるとのお触れが出る。</事象><事象>夜、長岡藩主牧野忠訓、河井継之助らが大坂を去る。</事象><事象>五条代官中村官兵衛は自ら本陣に出頭し正覚院に謹慎する。</事象><事象>建仁寺が朝廷に千両を献金。</事象><事象>高松藩は夜、大坂を出発し、</事象><事象>和歌山方面への勅書伝達の命を受けた斎原治一郎（大江卓）、藤村四郎が、朝、名草郡の若出に到着。紀州兵が約２０名守っている関門で足止めをくう。郡代の山林四郎左衛門のもとに案内され、和歌山から軍事奉行野口将監、木村久一郎、伊達五郎が来会、</事象><事象>動向不定の尾張近隣諸藩に対して勤皇誘引工作するよう命ぜられる。</事象><事象>江戸や自藩に帰ってよいとの命令が、老中格大河内正質より出される。</事象><事象>鳥羽伏見の戦いを知らせる急飛脚が届く。</事象><事象>新撰組の負傷者が大坂城へ移動する。</事象><事象>勘定奉行並小野内膳正小野友五郎が淀から大坂城に入る。</事象><事象>幕軍を始め各藩の将士雑沓散乱して城外に出づるに逢ふ。</事象><事象></事象><事象>イタリア、プロシア、オランダの代表とわたしは、それぞれの随員と同国人を連れて、アメリカ軍艦イロクコイ号に、フランス公使はフランス軍艦ラプラス号に乗り込んだ。</事象><事象></事象><事象>大坂到着。</事象><事象>諸国外交官がこの日から大坂を撤退する。</事象><事象></事象><事象>大坂を出帆する。（玉島の備中松山の飛び地についたのは十七日）</事象></歴史事象>
